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読んだ本の感想

『夜の樹』トルーマン・カポーティ

ニューヨークのマンションで、ありふれた毎日を送る未亡人は、静かに雪の降りしきる夜、<ミリアム>と名乗る美しい少女と出会った……。ふとしたことからすべてを失ってゆく都市生活者の孤独を捉えた「ミリアム」。旅行中に奇妙な夫婦と知り合った女子大生の不安を描く「夜の樹」。夢と現実のあわいに漂いながら、心の核を鮮やかに抉り出す、お洒落で哀しいショート・ストーリー9編。


ティファニーで朝食を』で有名なカポーティの短編集。19歳のときの作品で、O・ヘンリ賞を受賞した「ミリアム」をはじめとする全9編が収められている。以下あらすじと簡単な感想。

夜の樹 (新潮文庫)

夜の樹 (新潮文庫)


「ミリアム」

夫に先立たれ孤独な生活を送るミセス・ミラーは、ニューヨークの映画館で美しい少女ミリアムと出会う。それから何日か経ったある夜、マンションのベルが鳴りミセス・ミラーがドアを開けると、そこにはミリアムが立っていた。

自身のドッペルゲンガーとも読み取れるミリアムによって壊されていく女性の哀れさ。これを19歳で書いたというのだから驚きだ。

ミリアムは肩をすくめ、眉をしかめた。「お好きなように」といって彼女はまっすぐにコーヒー・テーブルのところに行くと紙のバラをさした花びんをつかみ、堅い床が敷物からはみ出ているところに持っていき、それを床にたたきつけた。ガラスがこなごなに割れた。彼女は脚で花束を踏みつけた。(p.20)


「夜の樹」

19歳の女子大生ケイは夜汽車の中で奇妙な男女と出会う。見世物をして日銭を稼いでいるという彼らと時間を過ごすうちに、ケイは次第に彼らに対して嫌悪感と不安感を覚えるようになる。

真夜中に読んだら夢か現実か分からなくなりそう。作品から漂ってくる倦怠感のようなものが凄く好きだ。

ケイはあくびをして、額を窓ガラスにつけた。指で、弾く気もなくギターを軽く弾いた。弦は、うつろな、眠気をさそうような音をたてた。――窓の外を過ぎていく、暗闇のなかに沈んだ南部の風景と同じように単調で、静かな音だった。(p.37)


「夢を売る女」

ニューヨークで二人の友人と暮らすシルヴィアは、ミスター・レヴァーコームという男性の奇妙な噂を耳にする。その噂とは自分の見た夢を買ってくれるというものだった。

夢を売り続けることで段々と普通の生活から切り離されていく彼女の姿は見ていて痛々しい。最後の一文があまりにも悲しくてやるせない気持ちになった。

燃えるようなガラスの目をした石膏の女の子が自転車に乗って、猛烈なスピードでペダルを踏んでいる。車輪のスポークが、催眠術をかけられたように回っているにもかかわらず、もちろん自転車はまったく動かない。こんなに一生懸命こいでいるのにこの可哀そうな女の子はどこにも行けない。それは哀れにも人生そのものだった。(p.75)


「最後の扉を閉めて」

ウォルターは数少ない友人であるアンナの悪口を周りに話して回り、彼女に愛想をつかされてしまう。やがて友人の彼女であるマーガレットと付き合うようになるが、彼女とのデートの予定をすっぽかして舞踏会へ行き、彼女にも愛想をつかされてしまう。

周りの人間を踏み台にしてのし上がろうとする男の醜さといったら。かつて男が酷いことをした女性に許しを乞うシーンは、自業自得だが気の毒にも感じられた。

昔、高校時代、彼はある詩を剽窃して、校内誌に載せたことがある。その詩の最後の行を忘れることが出来ない。"すべての行為は、恐怖から生まれる"。教師が剽窃を見破ったとき、彼には、それが不当なことに思えた。(p.100)


「無頭の鷹」

画廊を営むヴィンセントのもとに変わった様子の女性が絵を売りにやってくる。しかし、女性はお金を受ける前に絵を残して消えてしまう。そして、その女性に興味を覚えたヴィンセントは街の中で彼女を探し始める。

現実と幻想がごちゃ混ぜになっているような話なので読んでいてふわふわした気持ちになる。ヴィンセントが見た彼女の中に潜む狂気は、自分自身の中に潜む狂気の表れでもあるのかな。

「どうしてって、きみを愛しているからさ」
彼女は目を閉じた。「その人たちどうなったの?」
「その人たちって?」
「前にあなたがいまの言葉をいった人たちのことよ」(p.139)


「誕生日の子どもたち」

ある日、10歳の少女ミス・ボビットが母親と共にモービルの町に越してくる。彼女は奇抜なファッションや変わった行動で、すぐに町の人々の注目を集めることになる。

周りの人たちから普通じゃないと笑われても、それを全く気にしないミス・ボビットが格好いい。芯の通った生き方をしている人は魅力的だ。

彼女が踊りをやめるのは蓄音機を巻き直すときだけだった。そして、月が山の背に降り、夕食を知らせる最後の鐘が鳴り、子どもたちがみんな家に帰ってしまい、夜のアイリスが花開きはじめても、まだミス・ボビットは暗闇のなかで独楽のようにくるくるとまわっていた。(p.165)


「銀の壜」

経営不振にあえぐドラッグストアの店主ミスター・マーシャルは、瓶の中に入れたお金の額をお客に予想させ、最も近かった者にそれを与えるという商売を始める。そんな彼の前に、瓶の中身を全部数えてみせると豪語する少年アップルシードが現れる。

どきどきしながらページをめくった。とても素敵な話で、読むと温かい気持ちになれること間違いなしだ。

クリスマスを過ごすには小さな町がいちばんいい、とわたしは思う。町の人々は、誰よりもすばやくクリスマスの気分をつかみ、気分を変え、その魔力にとらえられて生き生きとしてくる。(p.204)


「ぼくにだって言いぶんがある」

マージという女性と結婚した男は、母に会いたいと騒ぐ彼女の言うことを聞き、彼女の故郷へと引っ越す。彼はそこでユーニスとオリヴィア=アンという彼女の二人のおばと共に過ごすことになる。

主人公の男の乱暴な語り口が面白くて癖になる。暗い話が多い本書の中では珍しい笑える話。

ぼくは、この三カ月と十三日間、冷たいサツマイモと食べ残しの食いものだけで生きてきた。そして、医者のA・N・カーター先生のところへ二度診察を受けに行ったのだ。彼は、ぼくが壊血病になったかどうか決めかねている。(p.229)


「感謝祭のお客」

60代のいとこのミス・スックと暮らす小学二年生のバディは、同級生のオッド・ヘンダーソンから毎日いじめを受けていた。ある日、ミス・スックはバディにオッドと仲良くなるために彼をディナーに呼ぶことを提案する。

終わり方がとてもお洒落で読後には心地よい余韻が残る。これを短編集の最後にもってきているところもいい。

「そうね、私は、人を憎んだことはないわ。私たちがこの地上で割り当てられている時間は決まっているのよ、憎んだりすることで時間を無駄にしているところを神様に見られたくないの」(p.254)


前半と後半で作品から受ける印象がかなり違った。前半5編はどれも暗くて冷たい。それに主人公はみな孤独を抱えて諦めとともに生きている。一方で後半4編は前半の作品に比べるといくらか明るく感じた。どの作品も本当に素晴らしかったが、前半の作品の中では「無頭の鷹」が、後半の作品の中では「誕生日の子どもたち」が好みだった。


『黒猫・アッシャー家の崩壊』エドガー・アラン・ポー

詩人であり、批評家であり、推理小説の祖であり、SF、ホラー、ゴシック等々と広いジャンルに不滅の作品の数々を残したポー。だがその人生といえば、愛妻を病で失い、酒と麻薬に浸り、文学的評価も受けられず、極貧のまま、40歳で路上で生を終えた――。孤高の作家の昏い魂を写したかのようなゴシック色の強い作品を中心に、代表作中の代表作6編を新訳で収録。生誕200年記念。


ポーの代表作を集めた短編集。新潮社からはⅠのゴシック編、Ⅱのミステリ編、ⅢのSF・ファンタジー編と3つの短編集が出版されており、こちらはⅠのゴシック編となっている。以下あらすじと簡単な感想。

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集? ゴシック編 (新潮文庫)

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集? ゴシック編 (新潮文庫)


「黒猫」

愛しているのにも関わらず何年も連れ添った黒猫を虐待する男。ナイフで眼球をくり抜いたり首に縄をかけて木につるしたり、と気持ちとは裏腹な行動をとってしまう。そして歯止めが利かなくなった男は、猫だけでなく妻も手にかけてしまう。

黒猫を撫でて可愛がっていると思いきや、次の行ですぐに嫌悪感を覚えている男が恐ろしい。黒猫が男に懐くほどに男の黒猫への憎悪は膨らんでいく、この天邪鬼な性格がどうにも理解できなくて怖かった。

チョッキのポケットから折りたたみ式の小型ナイフを取り出すと、刃を剥き出しにして、この哀れな動物の喉を掴み、ゆっくりとその片方の眼球を眼窩からくり抜いたのだ!(p.13)


「赤き死の仮面」

「赤き死」と呼ばれる不治の疫病が国中に蔓延していた。国王プロスペローは友人たちと悦楽と安全の保証された城内で、赤き死とは無縁の隠遁生活を送っていた。やがて城内に、赤き死を模したような血にまみれた服装に身を包んだ人物が現れる。この人物の正体とは?

11ページと短いが綺麗にまとまっている。他の短編とはまた違う、すっと消えていくようなラストシーンが好きだ。

いかに手のつけられない無法者でも、その心の弦を奏でるには情緒が要る。生も死も等しく冗談にしか見えないぐらいとことん打ちひしがれた者にとっても、決して冗談では済まされない問題は残っている。(p.38)


「ライジーア」

学者の男は才色兼備な女性ライジーアと出会い結婚する。男は共同研究者として彼女に全幅の信頼を置いていたが、やがてライジーアは病に倒れ、ついには亡くなってしまう。男はライジーアの残した莫大な額の遺産と共にイングランドに渡り、金髪碧眼の美女ロウィーナを迎える。しかし彼女が男を愛することはなく、男もライジーアのことが忘れられないのだった。

序盤は男がライジーアへの愛を書き連ねているだけなので退屈だが、終盤になると不穏な気配が立ち込めてきて段々と盛り上がってくる。男の盲目的なまでのライジーアへの愛には狂気を感じた。

わたしにとってライジーアの瞳は双子座でひときわ輝くレダゆかりの双子星と化し、その瞳にとってわたしは最強の占星術師と化した。(p.50)


「落とし穴と振り子」

異端審問にかけられ死刑を宣告された男は、真っ暗な部屋に放り込まれる。部屋を手探りで調べているうちに、男は落とし穴の存在に気付く。これに怯える男だったが、睡魔に耐えきれず意識を手放してしまい、目を覚ますと台の上に縛られていた。さらに男の目に飛び込んできたのは、先端が鎌になっている巨大な振り子だった。そしてそれは、左右に振れながら自分の心臓を目がけてゆっくりと落下しているのだった。

この恐ろしい殺人振り子を見て真っ先に『SAW』を思い出したが、やはりこれが元ネタらしい。狭い部屋に閉じ込められるというシチュエーションの他にも会話文がないことで、男と同じような息苦しさを感じられた。

わたしは祈った――天をも畏れぬ気持ちで、わたしはこの振り子がもっと早く落ちてくるよう祈ったのだ。一心不乱に、あの恐るべき偃月刀の振幅に向かい、自らを差し出そうとしたのだ。(p.97-98)


ウィリアム・ウィルソン

ウィリアム・ウィルソンは、イギリスの寄宿学校で自分と同姓同名、生年月日も同じ、顔もそっくりの男ウィリアム・ウィルソンと出会う。級友に対して権勢をふるっていた語り手だったが、ウィルソンだけはその意志に従おうとはせず、それどころかこちらに干渉してくることから、語り手はウィルソンのことを次第に嫌悪するようになる。

もし自分のドッペルゲンガーに出会ってしまったら。確かに自分そっくりの人物が自分の真似をしてきたら面白くないだろうなあと思う。語り手が通う寄宿学校はポーが通っていた寄宿学校を元にしているらしく、その後に放蕩生活を送ることも含めて半自伝的な作りになっているとのこと。

人間全般にいえることだが、きわめて早い幼年時代の出来事というのが、大人になってからもはっきりした刻印を残すことはめったにない。すべては灰色の影であり、弱く不規則な記憶であり、わずかな歓喜とめくるめく苦痛とが見分けがたいかたちで再構築された結果なのである。(p.121)


「アッシャー家の崩壊」

少年時代の親友ロデリック・アッシャーから招待を受けた男は、彼と妹マデラインの住む屋敷を訪れる。ロデリックは精神障害に苦しんでおり、その症状を少しでも癒すために男を招待したのだという。やがて男が屋敷でロデリックと共に過ごしているうちに、病に臥せっていたマデラインが亡くなってしまう。

冒頭のアッシャー家の描写ですぐに引き込まれた。屋敷やそれに隣接する沼が主人であるロデリックと感覚を共にしているという発想が秀逸。「ライジーア」と同様、終盤に向かって盛り上がっていく物語の構造も好みだった。

「君はあれを見てはいないのだね? ――いや、じっとしていろ! じきに見えるから!」そう命じて、注意深くランプに笠を付けると、彼は開き窓のところへ急ぎ、嵐に向けて開け放った。(p.183)


どんよりとした曇りの日にカーテンを閉めた部屋で読みたいような作品群だと感じた。どの短編も面白かったが、6つの中では「ライジーア」が特に好みだった。3つの短編集の中ではⅡのミステリ編に一番興味があるので、いずれはそちらも読みたいところ。


『雪の断章』佐々木丸美

迷子になった五歳の孤児・飛鳥は親切な青年に救われる。二年後、引き取られた家での虐めに耐えかね逃げ出した 飛鳥に手を伸べ、手元に引き取ったのも、かの青年・滝杷祐也だった。飛鳥の頑なな心は、祐也や周囲の人々との交流を経て徐々に変化してゆくが……。ある毒殺事件を巡り交錯する人々の思いと、孤独な少女と青年の心の葛藤を、雪の結晶の如き繊細な筆致で描く著者の代表作。


不幸な境遇の少年少女が成長して幸せを掴む、そんな話が昔から好きだった。幼少期に貧困に喘ぐ少年や引き取り先の家で虐められる少女を見るのは辛いが、大人になって誰にも負けないほど幸福になった彼らを見るとき、とても大きなカタルシスを得られるからだ。

雪の断章 (創元推理文庫)

雪の断章 (創元推理文庫)

本書の主人公である倉折飛鳥も、不幸な境遇に生まれた少女の一人だ。生後二ヶ月で母親に捨てられた飛鳥は、幼少期を孤児院で過ごす。そして六歳のときに、本岡という裕福な家に引き取られる。しかし多くの物語がそうであるように、彼女は本岡家の人々からの虐めにあう。不条理に屈することなく生きる飛鳥だったが、七歳のときに、本岡家の次女と口論になり手を出してしまったことが原因で家を追い出されてしまう。行くあてのなくなった彼女は、祐也という二十二歳の青年に拾われ、以後は彼に育てられることになる。

祐也の親友の史郎をはじめとする周囲の人々の温かさに触れながら飛鳥は成長していく。彼女の明るい未来を思うと胸が熱くなりそうだが、そう簡単に幸せにはなれないのが現実だ。大小様々な問題が飛鳥たちの行く手を阻む。そして器用な生き方ができない彼女は、周囲の人々と衝突やすれ違いを繰り返してしまう。

この自分の殻に閉じこもりがちな飛鳥を好きになれるかどうかで本書の評価は大きく変わると思う。最初は彼女の素直になれない性格や思い込みの激しさにモヤモヤしたが、読み進めるうちに何とか受け入れることができた。もがきながらも前に進もうとする彼女の様子に胸を打たれたというのもあるが、一番はまるで彼女たちが生きているかのように思わせる細やかな心理描写があったからだ。「雪の結晶の如き」という裏表紙の文句がまさにぴったりで、本書の魅力の一つになっている。


他の魅力としては情景描写の美しさがある。雪の描写はとりわけ美しく、詩的で静謐な言葉の数々に魅せられた。

冬は厳しく街に君臨した。凍れが支配して雪舞いをよせつけなかった。冬の青空なんてナンセンスだ。やわらかい灰色で私を抱き、こな雪で髪を飾ってくれるのが私の冬だ。(p.79)

どんよりと曇った天から純白の雪がおりて来る。空の精がおりて来るのだ。両手をのべると二、三片が手のひらに舞い立った。手が冷たくなっているので溶けなかった。口をききたい。雪の言葉を理解したいと思った。私は雪の声を聞いた。(p.219)

いつのまにか雪が私を包み込んでいた。ようこそ、とチラッと挨拶を送っただけでたいした相手もしなかった。こんなに忙しい冬は初めてだもの許してくれるだろう。(p.240)


ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズで紹介されたことがきっかけで売れているらしく(『ビブリア』は読んでいるのに覚えていなかった)、近所の本屋にも平積みしてあるのを先日見かけた。興味をもった人はぜひ寒いうちに読んでみてほしい。これ以上ないほど冬に読むのに適した本だと思うので。